思い出の中

今もいつかは思い出の中。

ウスペンスキー寺院の小さな丘で

転職する三週間前の五月だった。

退職前にまとまった休みは取れそうになく、勢いで予約したヘルシンキ行きの飛行機。

五日間という短い旅の最終日に、私はウスペンスキー寺院に来ていた。

 

寺院内の観光をさくっと終え、暇を持て余した私は寺院から一段下がったところにある小さな丘に腰を下ろした。

快晴の空は、日本とは違う青。

足元にはクローバーがもじゃもじゃと生えていた。

 

目の高さと同じくらいに、ヘルシンキ大聖堂の頭が見えた。

知らない街の地面に座り、知らない街をぼんやりと眺めた。

転職してやっていけるのだろうか、と思った。

やっていくしかないけれど、やっていけなくてもまあ仕方がない、と思った。

気持ちよい風が吹いていた。

 

友だちに写真を送ろうと、四つ葉のクローバーを探した。

足元に、うなるほどあるクローバー。

四つ葉はすぐに見つかった。

小さな小さな、私の指先くらいしかない四つ葉。

摘み取らず、そのままそっと写真を撮った。

 

あれから1年。

転職して、私は何とかやっていけている。

そしてそろそろヘルシンキが恋しい。